クレタ島の地理
本当にきれいな海に囲まれたステキな島です。
クレタ島(クレタとう、Κρήτη; Kriti, Kreteまたはcrete)はギリシャ共和国で最も大きく、地中海では5番目に大きい島である。ギリシャはもとより、地中海の代表的な観光地でもある。
面積は8,300平方キロメートル、海岸線の長さは1,040キロメートル、人口は50万人以上である。島全体で一つのペリフェリエス(地方)であり、ハニア(Hania)、レティムノ(Rethimno)、イラクリオン(Iraklion)、ラシティ(Lasithi)の4つの県(ノモス)からなる。イラクリオンのニコス・カザンツァキス空港とハニアのダスカロギアニス空港という2つの重要な空港がある。主要な都市は、イラクリオン、ハニア、レティムノ、アギオス・ニコラオスである。
観光スポットとしては、クノッソス宮殿やフェストス遺跡、ゴルティス遺跡などの考古学上の遺跡、またヴェネツィア人がハニアに建てた城といった史跡や、サマリア渓谷やアギア・イリニ、アラデネなどにある渓谷など自然景観が有名である。
なお、ギリシャ共和国の主要宗教はアテネに大主教座を置くギリシャ正教会であるが、クレタ島だけは同じ正教会でもトルコのイスタンブルにあるコンスタンディヌーポリ総主教庁の管轄下にある。
歴史
クレタ島の開闢は古く、ギリシャ神話では、赤子のゼウスがクレタ島のアドラステイアとイーデーによってアイガイオン山に匿われ、また、エウロペイアが牛に変じたゼウスにさらわれ、ボスポラス海峡(牛渡りの海峡)を通ってクレタに辿り着き、その子がクレタ王となって文明が生じたとされる。古代ギリシャ人は、ギリシャから北方にかけての地を、エウロペイア(ヨーロッパ)と呼んだ。 この他にもホメロスのイリアスなど、クレタ島に関する諸話(「テセウスとミノタウロス」や「ダイダロスとイカロス」など)は多い。
ゲオルギオス1世の次男がクレタ島総督家を創設。総督家が総督を世襲された。
クレタ島はヨーロッパにおける最初の文明のひとつであるミノア文明が栄えた。当時の社会については、伝えられるべき文字が遺されなかったため、遺構から類推するよりほかないが、平和で開放的であったと考えられている。ミノア期の遺跡には、壮麗な石の建築物や複数階の宮殿があり、排水設備や、女王のための浴場、水洗式のトイレがあった。水力を動力とする仕組みに関する技術者の知識はとても高度なものであった。エジプトなどとの交易によってもたらされた遺物から、ミノア文明は、紀元前3000年頃からクノッソスが衰退した紀元前 1400年頃ごろまで栄えたと考えられている。
地中海沿岸からはクレタ語と呼ばれる死語が見つかっている。アルファベットとは異なる象形文字を持ち、これを線文字Aと呼ぶ。後世に書体が簡略化された線文字Bは1952年、マイケル・ヴェントリスによって、ギリシャ語である事が判明した。
第二次世界大戦では1941年5月に激しい戦闘の舞台となった。落下傘部隊を中心とするドイツ軍がクレタ島に侵攻し、駐留していたイギリス軍を追い出した。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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